岡本 渚
メディアプラニング職
メディアプラナー
2021年新卒入社(6年目)
東京都
自己紹介
2021年入社、ストラテジックプラナー/メディアプラナーの岡本 渚です。
高校まで東京ですごし、大学から博報堂4年目までの約8年間関西で過ごしました。2024年の秋から、また赤坂本社に戻っています。
入社のきっかけは、インターン選考の事前課題に惹かれたからです。
細部は覚えていませんが、当時の設問はおおむね以下のようなものでした:
「完全自動運転社会の実験モデルとして、ある都市を選定するとき、市井の人からどのような声が上がると思いますか?その都市の人々のなるべく多くの人が納得して実験を始めるためには、どのようなコミュニケーションが必要だと思いますか?」
どうでしょう?みなさんは面白いと感じましたか?
企業や自治体の取り組みと、日々のリアルな生活の間には当然ギャップがある。そのギャップを埋めるためにコミュニケーションをする。そのときに、どんな架橋をするかで、それらの取り組みは福音にも不協和音にもなりうる。そんなことを、このお題を解くことや、インターンの講師・メンターの方と話すうちに知りました。
自分が想像していたよりも社会に対する影響力・言い換えれば責任があると思いました。そして、クリエイティビティによって社会を良くできる可能性に挑戦したいと思い、入社に至りました。
これまで、地方自治体・大学・金融・IT・インフラ企業・自動車メーカー・飲料メーカーについて、広告メッセージやメディア投資に対する戦略を担当させていただいております。
岡本 渚
メディアプラナー/2021年新卒入社(6年目)
Q1
仕事で「一番汗をかいたなあ」
と思った
エピソードは
なんですか?
コミュニケーションがうまくワークしなかった時の報告会
こちらが立てた戦略に沿ってコミュニケーションしても、立てた目標を達成しないことがあります。
具体的な改善点がすぐ見つかる場合はシンプルですが、なかなか改善点が見つからないことがあります。
ある広告キャンペーンでそうした事態に陥りました。
このとき、私はメディア投資戦略を担当していました。
ただ、メディアの効率改善の範囲内では、どうもうまくいっているはずでした。
そこで、クリエイティブチームのトップや、メッセージ戦略チームのトップと丸一日会議室を押さえて話して、
コミュニケーションにとどまらないあらゆるデータを片っ端から漁りました。
同時に、お客様にもお願いして、共有していただける範囲で売上データやお客様アンケートをいただきました。
みんなで協力した結果、いくつかの原因がみつかり、改善方法も明らかになりました。
業種を超えて、お客様も巻き込んで、汗をかいた経験です。
その後は戦友のような関係になったのもいい思い出です。
Q2
心を動かすために
大切にしていることを
教えてください。
目の前にいる仲間の心を動かすこと
私たちが担う広告コミュニケーションは、発信側と受け取り手に距離があります。
こちらは何か月もかけて戦略・企画・撮影・メディアバイイングをしますが、受け取り手にとっては、生活のほんの一瞬です。限りなく0に近い一瞬です。
例えば夜に流れるTVCMだとすれば、こんな状況が想像できます。朝から頑張って働いて、帰ってきて好きなテレビ番組をつける。そのあいだに入ってくるいくつかのTVCMのなかの、15秒。そのなかで、心を動かさなければいけません。しかも、とても仲の良い友達を遊びに誘うわけではありません。まだ会ったこともない見知らぬ人の心を動かさなけばいけない。加えて、一人を動かせばいいわけでもありません。場合によっては何千万という人たちの心を動かす必要があります。
そのときによりどころになるのは、近くの人の心を動かす経験だと思っています。たとえば、面倒な作業が膨大にあって、想像するだけでうんざりするものを、チームでやらなければいけないとき。当然仕事だからやるわけですが、みんなの気分があがるやり方はないか?実は会議室にあつまってやったほうが楽しいかもしれない。ちょっとゲーム性をもたせたら、作業スピードがすごくあがるかもしれない。なるべく楽しく、おもしろい仕事にできるように、できるだけ考えるようにしています。そうした経験を、別の部署まで浸透させるには?上申資料として、まだ会ったことのない得意先の社長にも届けるには?といったように、どんどん飛距離を伸ばしていく。そんな経験の積み重ねをしてきた人が描いたコミュニケーションだからこそ、お茶の間で一瞬つながった一人の心を動かせるんじゃないかと思っています。
入社前の遍歴
生い立ち
サーフィンの好きな父のもとに生まれたので、名前が渚です。
特殊な遊びをたくさん教えられました。
サーフィンはもちろん、モトクロスというバイクのレースやスノーモービルなど。
特にモトクロスは、まわりと違った趣味だったので、まわりと違う自分をどう受け入れるか、どうみんなに楽しく説明するか、というある種コミュニケーションに興味を持つきっかけだったかもしれないです。
中学生・高校生時代
中高はダンス部に入っていたのですが、アメフト部に入ってみたりもしました。自分は筋トレが好きなだけだと気づいてやめました。そのころには体つきが変わっていて、昔のダンスは踊れなくなっていました。色々なことに興味をもつタイプだったと思います。知り合いのつてでオーストラリアで1ヵ月すごしたり、修学旅行をキャンセルしてヒッチハイクで現地に向かってみたりもしました。
大学生時代
越境癖はとまらず、大学は関西にいきました。
大学では音楽をやっていました。
舞妓さんがたまに来るようなところでボーイのバイトをしたりもしました。
入社してからの遍歴
入社1〜3年目
関西支社のストラテジックプラナー
トイレタリー・インフラ・製薬など幅広いメッセージの戦略に関与。
大学生に向けたワークショップで、若手だけで一から作り上げたのがすごく思い出に残っています。
入社4年目~現在
東京に異動。会社の制度である社内留学でメディアプラナーに。
自動車メーカー・外資メーカーなどのメディア投資戦略に関与。
たくさんのブランドを一手に引き受けて、一本の広告戦略というよりも、広告投資のポートフォリオを組んでいくような仕事をしています。お金を預かっている感覚が強く、プレッシャーが半端ないですが、ハードワークに値する、やりがいのある仕事です。
まったく考えていなかった仕事だったのでびっくりしましたが、越境が好きなので、なんだかんだ楽しんでいます。
★その他越境エピソード
クリエイティブのコンペに割と積極的に出す方で、割と受賞している方だと思います。
2023 metro ad creative award グラフィック部門ファイナリスト 2024 japan young cannnes PR silver / integrated finalist 2025 虎ノ門広告祭 ヤングコンペ 最優秀賞 2025 ACCヤングクリエイティブコンペ ファイナリスト 2026 young spikes digital 日本代表
ハマっていること
デュオリンゴ
とりあえずデュオリンゴはフルコンプリートしました。今は中国語に挑戦しています。