宮原 広志
クリエイティブ職
クリエイティブディレクター
2008年新卒入社(19年目)
広島県
自己紹介
2008年入社、クリエイティブ職(以下、CR職)の宮原広志です。
大学は、ものづくり/クリエイティブへの興味から建築学科でした。ですが、玄人や権威が評価/審査する側面が強い建築より、一般の生活者をどれだけ動かしたかが勝負の世界にいきたいという思いが強まり、就活では広告・テレビを目指し、博報堂に入社しました。
クリエイティブ志望でしたが、初任配属は営業(現・ビジネスプロデュース職)に。希望叶わずでしたが、広告に携わる最初に、得意先への対峙・フロント意識を培えたのは非常によかったと思ってます。営業中に、宣伝会議賞や販促会議賞を受賞し、7年目でクリエイティブ職に職転しました。
22年度からは関西支社に来て、関西のクライアントを中心に、クリエイティブからコンサル業務など、領域を拡大しながら事業成長にコミットしてます。
宮原 広志
クリエイティブディレクター/2008年新卒入社(19年目)
Q1
仕事で「一番汗をかいたなあ」
と思った
エピソードは
なんですか?
金龍ラーメンの社長への自主プレゼン
ある日、「道頓堀の老舗店『金龍ラーメン』の、龍の看板の“しっぽ”に撤去命令が下った」というニュースを見ました。SNSでは擁護派/批判派と二分され、様々な負の感情が湧いている模様。ユーモアと笑いの街なのに、このままではもったいない。擁護派/否定派も笑えるオチで負の感情を全てまくり、地域を巻き込んだ明るい物語にしよう!と自主プレを思い立ったのですが、、
金龍ラーメンには、問い合わせ窓口やSNSアカウント等がなく、アプローチする術がない。なので、店頭まで行き店員さんに企画書を渡してみました。それでも連絡はとれず、関西支社内で金龍ラーメン社長へのルートを探っていると、「金龍社長の奥様のご友人の誕生日パーティーが明日行われるらしい」という情報を掴みました。このパーティーに勝手に参加し、その場で社長をつかまえ、道端でプレゼンし実施へ。謎の使命感と熱量で、しっぽ”がただ無くなるだけの悲しい未来を、別の世界線に導きました。
Q2
心を動かすために
大切にしていることを
教えてください。
「それ、本当にやるか?」の解像度
広告会社の結婚式二次会が一番面白い、という謎の自負があります。
それは、「アイデア」だけでなく、その場で何が行われたら人々が面白がるか/やるか、逆に、これだとスベる/サムいことになるという、現場への想像力が高いからだと思います。
仕事も、結局はここに尽きる。
打ち合わせで出し合うアイデアに対して、「それ、本当にやるか?」を自問自答し続けます。企画書上だと、ネーミングとかもハマっていい感じ、に見える施策も、実際世の中に出たとして、生活者は数多ある情報・コンテンツの中からそれを選び、わざわざアクションするか?、一瞬面白いけどそれは何分もつか?、いいことだけどやるの恥ずかしくないか?等々、ここをどれだけシビアに見れるかが企画の精度を上げます。
少なくとも、N=1として「自分がやるか?」、ここの感覚に嘘をつかないことを大切にしています。
今後、AIがますますクリエイティブ領域に関わってきます。今はまだ、と言われている「アイデア自体」もAIが生み出し得る。その未来の中では、僕達の持つその“感覚”が、身体を伴った人間の感情が、最も重要になると思います。
入社前の遍歴
生い立ち
広島県廿日市市生まれ。
小学生時代
小学3年時に、仲間とドッジボールチーム「金剛寺ファイターズ」を結成。小学6年時に全国優勝を果たしました。以降30年間、飲み会・合コン・就活など様々は場で、言い続けることになります。
中学生時代
広島県の田舎の公立中学校に。バスケ部でキャプテンを務めてました。
月9「ロングバケーション」を見て、東京での生活に憧れ、漠然と上京を目指すように。
高校生時代
広島の田舎から市内に通う毎日。バスケや、高校全体で力を入れている体育祭など、皆で目標に進むその過程自体を楽しんでました。
大学生時代
なにかモノを作る仕事をしたいと思い建築学科に進学。設計図を入れる筒がかっこいいので、何も入ってないのに常に筒を持ち歩いてました。建築学科は課題も多く、スケッチ、設計、造形など、毎回締切ギリギリで泣きながら提出してたのですが、唯一前のめりで能動的に取り組めたのが「映像」の課題でした。それが、広告を目指すきっかけとなりました。
入社してからの遍歴
入社1〜7年目
CR職志望でしたが、初任配属は営業(現・ビジネスプロデュース職)に配属され、自動車メーカーを担当。同期CR職がキラキラして見えてましたが、広告に携わる最初に、得意先との対峙/フロント意識を培えたのは、結果非常に良かったと思います。
入社7年目〜
念願叶ってCR職に職転。アクティベーションを軸足に、キャンペーン、デジタルコンテンツ制作、イベント設計などを中心に携わり、年次と共に領域も拡大、統合的なコミュニケーションを設計(IMC)を行う。
入社15年目〜現在
中古マンションをリノベーションし、住みはじめて3ヶ月後に、関西支社転勤に。
関西では特にクリエイティブもフロントで得意先と対峙する機会が多く、営業時代の経験も生きています。得意先や街との距離が近く、積極的に自主提案を行っています。
ハマっていること
京都
関西支社に配属されたら、京都に住みましょう。