佐々木 めぐみ
マネジメントプロデュース職
チーフマネジメントプラニングディレクター
1999年新卒入社(28年目)
大阪府→三重県
自己紹介
1999年入社、マネジメントプロデュース職の佐々木めぐみです。大学ではマスコミュニケーション学を専攻していたため、ゼミの教授はじめマスコミの方に触れる機会が多々あったのですが、講義にいらしていた博報堂のクリエイティブディレクターの方が、いかにも楽しそうにご自身の仕事を語る姿に、直感で第一志望を博報堂に決めました。OB訪問を重ね、ぼんやりとしていた憧れは明確な目標に変わり、無事に就職。以降、博報堂の「人」の魅力に憑りつかれ、気づけば博報堂人生27年目に突入しています。博報堂の魅力は「人」。ひとりひとりの経験や考え方を知るだけでも、自身に豊かさをもたらしてくれる。ビジネスプロデュース職(以下:BP職)→コンテンツプロデュース職→メディアプロデュース職と、幅広い「人財」に触発され、組織のケイパビリティを知る今、人材開発室でキャリア開発に携われることに喜びと責任を感じています。プライベートでは高校2年生男子と小学5年生女子の母。仕事があるから子育てが楽しい、人生の掛け算を満喫しています。
佐々木 めぐみ
チーフマネジメントプラニングディレクター/1999年新卒入社(28年目)
Q1
仕事で「一番汗をかいたなあ」
と思った
エピソードは
なんですか?
道なき道を行く状況で、薄氷を渡るような局面に出くわし、間一髪で難を逃れたこと
Q2
心を動かすために
大切にしていることを
教えてください。
時間がなくても、相手の立場で物事を考え、対話し、共感したうえで、同じ方向を向いて進むこと。
入社前の遍歴
生い立ち
3人姉弟の次女として、大阪・天王寺で生まれ育つ。
小学生時代
歌とドラマと商店街が大好きな下町の小学生
中学時代
中学では演劇部に所属。表現することの難しさ、舞台に立つことのプレッシャーに震える。後ろ髪をひかれながら中学3年生で三重県へ引っ越し
高校時代
高校は片道2時間かけて通学。電車は1時間に2本。過酷な環境下でも逞しく育つ。
大学時代
更に大学は片道2時間半かけて大阪に通学。毎日が小旅行で電車では手紙を書くのが日課。バイトを掛け持ちし、趣味の洋服づくりに時間を費やし、アーティストの推し活に全国飛び回り、大学にも真面目に通い、たぶん人生で一番寝ていなかった時代。卒業前の思い出作りにと、友人と応募したBlue Noteのオーディションに受かりクリスマスライブのオープニングアクトに出演したのは良い思い出。
入社してからの遍歴
入社1〜5年目(1999〜2003)
BP職に配属。通信、電鉄などインフラ系企業を担当。関西から上京し、東京での暮らしを楽しみにしていた矢先の関西支社転勤で一度は落胆するも、プレゼンに明け暮れる刺激的な日々に心も体も鍛えられた充実の4年半を過ごす。
入社5〜21年目(2003〜2020)
東京に戻ると同時に結婚。大手化粧品会社を長きに渡り担当。途中2回の出産・育休で現場を離れても同じクライアントを担当し続け、BP職として経験できるありとあらゆる業務に従事。クライアントのブランド・事業に伴走する、道なき道を切り開く日々で、数々の優秀なスタッフと出逢い、クライアントの熱意に応えるべく心行くまで情熱を注ぐ。
22〜25年目(2020〜2024)
コンテンツビジネス職として、エンタテインメントビジネス局へ異動。これまでとは全く異なるビジネススキームに目からうろこの日々。エンタメが大好きだった若き頃の熱狂を呼び起こし、コンテンツホルダーに向き合う日々。着任2日目でコロナロックダウン。新しい環境下での真新しい経験は「ピンチをチャンスに変える」精神で、舞台・映画・ドラマ制作・ライブ協賛・アニメ・IP×XR事業開発など、様々なエンタテインメント業務に従事。プレイングマネージャーとして専門性が高い部員に敬意を払いながら、自らの経験値を高めた。
25年目〜(2025〜2026)
テレビラジオビジネス局にて、メディアプロデュース業務に従事。博報堂のビジネス基盤となるテレビメディアビジネスの奥深さとスポーツコンテンツの面白さを身をもって知る。これまでスポーツには縁がないと思っていたが、ゴルフをはじめ、社会の見方も人生も、圧倒的に豊かになり、かけがえのない繋がりができた。日本全国に仲間がいる心強さは一生の財産。
27年目〜(現在)
人材開発室にてキャリア開発を中心に、博報堂DYグループの人材育成に携わる。
ハマっていること
子育て&コンテンツDIVE