徳永 悠太
コンテンツプロデュース職
チーフコンテンツプロデューサー
2006年新卒入社(21年目)
東京都
自己紹介
2006年入社、コンテンツプロデュース職の徳永 悠太です。
入社のきっかけは、学生時代に「将来の自分が一番想像できない会社」が博報堂(博報堂DYメディアパートナーズ)だったこと。
「社会人になっても常に自分自身をアップデートし続けたい」という強い思いから、未知の可能性に溢れたこの環境を選びました。
入社後は長年のテレビ局担当を経て、まさに青天の霹靂だったアイドルプロデュースの現場を経験。
現在は時代の潮流とともに変化するコンテンツ(IP)ビジネスの真ん中に身を置き、広告代理店の新しいエンタメビジネスの形を追求しています。
徳永 悠太
チーフコンテンツプロデューサー/2006年新卒入社(21年目)
Q1
仕事で「一番汗をかいたなあ」
と思った
エピソードは
なんですか?
関わってきたすべての業務
正直に言えば、これまで関わってきたすべての業務で汗をかいてきたと自負しています。失敗も数え切れないほど経験してきました。
しかし、その度に担当していた媒体社、某有名作詞家(プロデューサー)、芸能事務所、音楽レーベルなど、エンタメ業界の多くの方々に助けられ、成長させてもらいました。だからこそ、仕事を通じて最大の価値で恩返しすることを常に心がけています。
どんな仕事も、可能性を広げられるかどうかは「自分自身の思考と熱量」次第。特に現在のエンタメ業務は、あらかじめ設計された計画を進めること以上に、現場のダイナミズムに応える「リアクション業務」が中心となります。だからこそ、自分自身のアップデートを日々止めるわけにはいきません。
Q2
心を動かすために
大切にしていることを
教えてください。
自分の弱さを認めて人に頼ること。
そして、誰よりも「マイボール」を持ってフロントラインに立つこと。
仕事は一人では絶対にできません。そして、自分自身が誰よりもフロントラインに立つ意識(マイボールを持つ意識)がなければ、人の心を動かす良い仕事は成り立たないと思っています。
苦しい時こそ自分がその業務の中心に立ち、ポジティブな熱量とモチベーションを周りに伝播させていく。それと同時に、自分のできないことを素直に認めて仲間に頼り、周囲から常に刺激を受けて自分を更新していく。
博報堂の優秀で魅力的な仲間たちと、お互いを高め合う【共存と競争】を繰り返しながら、チームで大きな成果を生み出すことを大切にしています。
入社前の遍歴
生い立ち
東京都青梅市出身。
小学生時代
小学1年生時の体重は42kg、小学6年生時には100kgに(笑)。恵まれた体格を活かしてスポーツに打ち込みつつ、吹奏楽部にも所属。
中学生〜大学生時代
中学から大学まで一貫してラグビー部に所属。(現在も会社のラグビー部に所属)
入社してからの遍歴
入社1〜2年目
テレビスポットを担当し、多くの媒体社の方々とのネットワークを構築。素晴らしいトレーナーに恵まれ、今でも良い関係性を保ちながら一緒に仕事をさせてもらっています。
入社2年目〜11年目
テレビタイムを担当。通常の広告枠の扱いにとどまらず、番組コラボビジネスやイベント、スポーツ事業など多角的なプロデュースを経験。一つの媒体社を中心に深く向き合い、当時苦楽を共にした仲間たちとは、現在もさまざまなIPビジネスで一緒にチャレンジを続けています。
入社12年目〜17年目
まったくの未知領域だったアイドルマネジメント会社へ出向。まさに「青天の霹靂」でしたが、会社やグループの立ち上げを一から経験し、「人(タレント)というIP」を扱うビジネスの難しさと、それ以上の大きなやりがいを学びました。
入社18年目〜現在
エンタメ系コンテンツビジネス領域に身を置き、総合広告会社だからこそ実現できるIPビジネスやコンテンツプロデュースを推進。自身のアップデートを重ねながら、兼務でマネジメント会社代表も務めています。
ハマっていること
ラグビー / ゴルフ
【ラグビー】
社内の「博報堂ラグビー部」で監督兼プレイヤーを務めています。世代を超えて年の離れた若手社員とも汗を流し、フラットに信頼関係を築ける最高の場です。
【ゴルフ】
3年前に本格的にスタート。休日には業界の方々とコースを回ることも増え、仕事の垣根を越えてコミュニケーションを深められる良い趣味になっています。